大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成6年(行ツ)86号 判決

名古屋市中区栄一丁目三一番四一号

上告人

大井建興株式会社

右代表者代表取締役

大井友次

右訴訟代理人弁護士

富岡健一

瀬古賢二

舟橋直昭

右訴訟復代理人弁護士

高橋譲二

右訴訟代理人弁理士

石田喜樹

名古屋市中村区名駅南四丁目一〇番一八号

松興ビル

被上告人

株式会社総合駐車場コンサルタント

右代表者代表取締役

堀田正俊

右当事者間の東京高等裁判所平成四年(行ケ)第一九一号審決取消請求事件について、同裁判所が平成六年二月三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人富岡健一、同瀬古賢二、同舟橋直昭、同復代理人高橋譲二、上告代理人石田喜樹の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 山口繁)

(平成六年(行ツ)第八六号 上告人 大井建興株式会社)

上告代理人富岡健一、同瀬古賢二、同舟橋直昭、同復代理人高橋譲二、上告代理人石田喜樹の上告理由

原判決は、その判決理由において引用された証拠について重大な事実の誤認および審理不尽の違法があり、右の違法が判決に影響を及ぼすことが明らかである。

原判決は、判決の理由第三項の「(一)取消事由一について」の欄において甲第三号証の認定中、特に重合部に対向する通路部分の勾配の有無につき、

「成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例は、アメリカ合衆国インデイアナ州ハモンドにあるミイナス(Minas)百貨店の駐車場に関する記載であり、同部分には、上記駐車場の設計者、構造、駐車能力に関する説明的記載部分と上記駐車場のごく簡略な見取図(審決はこの図面を「概念図」と称している。)が記載されており、上記の見取図自体には何等の説明も付されていないことが認められる。ところで、上記の記載中、原告において審決の認定を争う箇所には、『System:Continuous ramps,connected by straight ramps in the center.Driver parking』と記載されていることが認められるところ、「ramp」が一般に傾斜路を意味することは明らかである(『ramp』がかかる意味を有することは当事者間に争いはない。)ことからすると、上記下線部分の意味は、複数ある傾斜路が切れ目なく連続していることを意味するものと解される。そして、前掲甲第三号証によれば、上記原文に続いて『Slope of ramps ;4 percent,on the ramped floors,10 percent.on the connecting ramps』と記載されていることが認められるところ、『Slope of ramps』は、前記の『Continuous ramps』、すなわち、駐車場内に複数ある傾斜路の勾配を意味することは明らかであり、その勾配は、傾斜床(『the ramped floors』)にある傾斜路は4パーセント、連絡傾斜路(『the connecting ramps』、これが、前記の『straight ramps in the center』すなわち中央部にある『直線傾斜路』を指すことは前記記載から明らかである。)上は10パーセントであることを意味していることは明らかなところである。

以上からすると、確かに審決のように『Continuous ramps』を『連続傾床式』と認定することは必ずしも適切とはいい難く、この点は原告が指摘するように『連続傾斜路』としたほうが適切であるといえなくもない。しかしながら、引用例の前記説明的記載部分をみても、傾斜床上にある前記傾斜路が、傾斜床の勾配と異なる勾配で設けられたものであることを示唆する記載はないし、前記の見取図をみてもこれを示唆する何らの記載も見出すことはできない。そうすると、傾斜床上の傾斜路の勾配は、結局、傾斜床の勾配と一致するものと解することができ、この意味からすると、前記の『Continuous ramps』を『連続傾斜床式』と認定したことを直ちに誤りであるとすることはできない。このことは、引用例の『General arrangement』の欄に、要旨、百貨店の客を利用者とする駐車場建設の目的は、敷地の最大利用ではなく、特に女性客にとっての良好な走行及び駐車のし易さであるとの記載があることが認められ、この記載からすると、走行路の傾斜が緩やかであることは、走行の容易性の観点からみて重要な要素であることは明らかであって、かかる観点からすると、傾斜路を傾斜床上に設けることによって所定の駐車区画に昇るための勾配を緩和することが可能となることは明らかというべきである。そうすると、前記駐車場は、特に女性客にとっての走行及び駐車のし易さを設計の重要な留意点としたものであることを考慮すると、前記の通り傾斜床とは別体にあえて平坦な通路部分を設けることは、走行路の勾配を緩和して女性客にとって走行のし易さを追及した引用例の駐車場としては必ずしも合理的とはいえないのであって、このことは、前記の『System;Continuous ramps』を審決のように『傾斜床式』と認定したこととも整合するものであるから、審決の前記認定を誤りとすることはできない。

原告は、前記のように『傾斜路式』と認定すべきものであり、前記の原文の意味するところは、『中央部で直線傾斜路により連結されることによって複数層の各階へ走行通路が連続状に通じる形式のもの』等と主張するが、この主張においては、『straight ramps』が『直線傾斜路』とされるのに対し、『Continuous ramps』は単に『走行通路』とされていて、『ramps』を修飾することの明らかな『Continuous』及び前記のとおり『傾斜路』を表す『ramp』の語義が無視されている点において相当ではなく、また引用例の駐車場において傾斜路と傾斜床を別体の構造としたことを示唆する記載がみられないことは前記説示とおりであるから原告の上記主張は採用できないといわざるを得ない。なお、原告の援用する甲第五号証には、本件発明でいう重合部に対向する通路部分を水平にした構造の駐車場が従来の一般的な傾斜床式の駐車場であるとして記載されていることが認められるが、引用例の前記記載は現実に存在した具体的な駐車場に関する記載であるから、かかる一般的な従来例の記載をもって前記認定を左右することはできないというべきである。

なお、前記の見取図において、重合部と対向する通路部分が平坦をなしているとの点は、原告の自認するところであるが、同図は、既に説示したとおり、何等の説明も付されていない見取図であってその厳密さに疑問の余地があることは図面自体の記載に照らして明らかであるし、また、図面自体からも前記部分が平坦であると明確に断定することはできないから、引用例の説明的記載部分に基づく前記の認定を左右するには足りないというべきである。

そうすると、審決の一致点の認定に誤りはないから、取消事由一は採用できない。」と認定判断した。

ところで、引用例は「Ramped floors」即ち傾床型の駐車場に分類されるものであるが、傾床型といっても全ての床が傾斜を有しているもののみを指す訳ではない。また、引用例説明文(原審甲第三号証 第一六八頁)の「System」の項に記載の「Continuous ramps」は、複数層の各階へ切れ目なく連なる傾斜路の意味ではあるが、ここでいう「ramps」とは、通路の全部分が傾斜を有しているというものではなく、傾斜部分を有しているという程度の広義の意味で用いられている。これらのことは、甲第三号証として提出された文献の第一五六頁に記載されたいわゆるシングルタイプの駐車場の説明文及び図面からも明らかである。即ち、同頁右欄になされたシングルタイプの駐車場の概要の記載中、「The floors are formed by a continuous helical ramp.」とあるが、実際に構築された米国カリフォルニア州ヒバリーヒルズの駐車場はそのA-A縦断面図(第一五八頁第三図)からも明らかなように、一対の相対向する傾斜通路をつなぐ通路即ち方向変換の部分の通路及びそれに連なる駐車区画は平坦である。このことは、同文献第一五六頁の概念図とも一致している。従って、「a continuous helical ramp」の句中「continuous」の語は傾斜していることが連続しいるのではなく、「ramp」が切れ目なく連続状に連なることを意味し、「ramp」は、広義の意味、即ち傾斜した部分を有する、或は主とする通路の意味として用いられている。

また、同文献の一六八頁には、原判決が認定しているように、中央部にある「直線傾斜路」が一〇%の勾配を有することについては記載されているけれども、これに連なる分岐通路が勾配を有することについては何らの記載がないところ、前記の見取図によれば、該分岐通路は明らかに平坦であることが認められる。すなわち、同文献に記載された右引用例は、平坦な通路を一部分として有しているのにかかかわらず、「Continuous ramps」と呼ばれているのである。

そこで、本文献では各語が上記の意味合いで用いられていることを念頭におき引用例の通路の勾配を検討すると、第一六八頁の「Slope of ramps」の項では「4 percent,on the ramped floors」と記載され、これは傾斜を有する床上の通路が4パーセントの勾配を有する意味である。しかしながら、該駐車場の構造において、同書第一六八頁左下欄及び中央下欄の記載からのみではどの床面が傾斜しているのか判断し難い。即ち、傾床型の「ramped floors」といっても、前に述べたように床の全部分が傾斜したものに限らず、一対の相対向する通路を水平にしたもの、局部的に水平部分を設けたもの等種々あり、傾床型即ち総ての床面が傾斜していると解することはできないのである。現に既述したシングルタイプの駐車場たついても平坦な床面を有するにもかかわらず、「ramped floors」と分類されている。そこで、引用例のどの床面が傾斜を有するか等の構造についての理解を助けるために右上の概念図が付されているのであるが、この概念図からみれば長手方向の相対向する床面が傾斜を有する床であるとみてとれる。又該概念図から重合部に対向する通路を有する床面は前述のシングルタイプのものについての概念図の表し方を併せ鑑みても平坦とみるのが自然である。この点につき、原判決は、「同図は何らの説明も付されていない見取図であってその厳密さに疑問の余地があることは図面自体の記載に照らして明らかであるし、また、図面自体からも前記部分が平坦であると明確に断定する事はできない。」としている。しかしながら、説明文自体においても重合部に対向する床又は通路につき明確な記載がないのに加え、このような駐車場構築にあたり、重合部に対向する通路部分を平坦にすることが一般であるにもかかわらず(原審において上告人が提出した原審における甲第五号証)、敢えてこの部分を平坦でなく構成したのであれば説明文にもその旨記載があって当然である。

そして、本件審決も、前記概念図によれば、「重合部に対向する通路を平坦な通路に、前記重合部に連なる左右の相対向する二辺の通路を傾斜路とした自走式立体駐車場」が概略的に示されている旨認定しているのである(審決書七頁)。

従って、引用例においては長手方向の床面は傾斜し、その床面上の通路の勾配は4パーセントであるが、重合部に対向する床面は平坦であると解すべきであり、この床面上の通路即ち重合部に対向する通路は平坦であると解するのが妥当であるし、このことは「Ramped floors」(傾床型)及び「Continuous ramps」(複数層の各階に連続上に続く傾斜路)の何れの記載とも矛盾しない。

原判決は、「Continuous ramps」が「複数ある傾斜路が切れ目なく連続していること」を意味するものと解しているため(判決一四頁)、重合部に対向する通路が平坦であると明確に断定できない旨判断したものと思われる。しかし、前記の如く、引用例の「Continuous ramps」が平坦な分岐通路を一部分として有するものである以上、重合部に対向する通路が、前記見取図の記載にもかかわらず、緩勾配を有するものであるとは、到底認定できないのである。

原判決は、傾斜床上の傾斜路の勾配は傾斜床と一致するとしながらも、傾斜床の勾配とは別体にあえて平坦な通路部分を設けることは必ずしも合理的とはいえないと判断しているが、この判断は全ての床面が傾斜を有しているとの誤つた前提の下になされているのであり、この誤うた前提の下での通路の解釈もまた誤っているのは当然である。

加えて、同文献一六八頁の「General arrangement.」の欄には、「当駐車場は百貨店の顧客用に建設された。従って建設目的は敷地の最大利用ではなく、女性買物客にとって特別に魅力ある良好な適応と駐車走行性にあった。」と記載されているのに対し、本件発明の詳細な説明の欄には、「本発明はこのように重合部を傾斜路としたため、従来のように重合部に連なる相対向する二辺の通路のみが傾斜を有しているものとは異なり、同じ敷地内であればより緩やかな勾配で一階分の昇降が可能であり、又、同じ勾配で設定した場合にはより狭少な敷地においても設置可能である。」(甲第三号証公報3欄二〇行~二五行)、「更に、相対向する通路1-1、1-2及び重合部1-3を傾斜路に形成したが、重合部1-3に相対向する通路に勾配を付与し、コーナー部のみ除いた全通路を傾斜路としてもよく、又、通路全体を連続した緩勾配の傾斜路としてもよい。このように勾配を有する傾斜路を多くすれば、より狭少な敷地においても本駐車場の設置が可能となる。」(同3欄三九行~4欄一行)と記載されている。すなわち、右各記載によれば、右引用例の発明においては、敷地の最大利用ではなく、女性客にとって良好な走行及び駐車し易さを目的としているため、通路全体を傾斜路とすることなく、重合部に対向する通路を平坦な通路として構成しているのであり、本件発明においては、狭少な敷地の最大利用を目的とする場合、重合部に対向する通路を含めて、通路全体を駐車可能な緩勾配を有する傾斜路としているのである。原判決は、右引用例の見取図のみならず、その発明の目的を無視ないし看過して、重合部に対向する通路が緩勾配を有する傾斜路を含む旨の事実誤認を犯しているものと謂わねばならない。

更に付け加えるに、被上告人は本件の無効審判請求事件において提出した審判請求書理由補充書(7)にて本件引用例が記載された文献のコピーを提出し、同文献第一六八頁の概念図の重合部に対向する通路を「平坦な通路」とわざわぎ朱書きしているのであり、このことは引用例の重合部に対向する通路が平坦であると被上告人も認めているのに外ならない。

尚、引用例の説明文中「ramps」が複数形になっているのは該駐車場が所謂ツインタイプのものであり、複数層の各階に連なる走行用通路が左右一対即ち二本あるからであり、左側又は右側の一の走行用通路中に複数の傾斜路があるという意味ではない。このことは、先に述べた引用例記載の文献第一五六頁のシングルタイプのものにつき「ramp」を単数形にて表現していることからも明らかである。

以上のように、原判決は引用例の重合部に対向する通路及びその床面が平坦であるにもかかわらず、平坦或は緩勾配を有すると解釈しているから、この点において証拠の解釈が誤っている。

尚、上告人は本件特許請求の範囲の構成中「重合部に対向する通路を駐車可能な緩勾配を有する傾斜路とする」との訂正審判(平成四年審判第一五五一八号)を請求中であり、該訂正審判が認められれば本件特許発明は引用例とは明らかに相違し、無効にされるべき事由は何ら存しないから前記証拠の解釈の誤りが判決に及ほす影響は大である。

以上

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